南の島というと、思い浮かぶのが、高くそびえる郷子の木。郷子の木陰で昼寝をしたり、椰子の実ジュースを飲んだり……といった光景だろう。だが、椰子の実のジュースがおいしいというのは、じつは観光用の宣伝。背が低くて赤い実のなるオレンジ・ココという種類の都子を別にして、椰子の実ジュースは、じつはあまりおいしくない。椰子の実ジュースしか飲料がないような辺鄙なところならともかく、現代では、地元の人々も、椰子の実ジュースはあまり飲まない。それに、椰子の実ジュースを試してみたいからといって、勝手に実をとると、罪になる。椰子には、一本一本に持ち主がいて、無断で実をとると、現地の法律で罰せられるのである。地面に落ちた実については、外国人がとるぶんには、大目に見られることが多いが、たとえ手に入っても、古くなった実のジュースを飲むと、たちまちおなかをこわしてしまう。では、どうして飲んでもおいしくもないものを植え、そんなにだいじにしているのだろうか?椰子を植える目的は、観光地ではおもに観光目的。観光地から離れたところで見かける密集したココヤシは、工業用である。ココヤシは、実の外側の硬い毛で覆われている部分はクワシやホウキやロープなどの材料、内側の白い部分は、食用油や洗剤や石けんの材料となる。樹液は、ジュースにして外国人観光客に飲ませるほか、染料にもなる。南の島では、椰子は生活に密着したものとして、さまざまに活用され、大切にされているのだ。この椰子の木の下で昼寝をするというのも、のどかな光景としてついあこがれてしまうが、現地の人は絶対にやらない。熟した椰子の実が頭の上から落ちてくると、危険だからである。とくに夜には、椰子の実が好物のヤシガニが、木に登っては実を切るので、実がよく落ちる。椰子の実はたいへん重くて、頭の上に直撃を食らうと、へたをすると死んでしまう。そのため、ハワイやグアムなどの観光地では、椰子の実による死傷者が出ないよう、定期的に実を落としているほどなのである。
近代美術館(TheMuseumofModernArt)。この近代美術館は、建物の構造がまず興味深い。背後に44階建ての高層マンションが立っているが、その利益で美術館の建設資金をまかなったのである。MOMAで見るべきは、印象派以降のヨーロッパ絵画で、ゴッホの「星月夜」をはじめ、ルソーの「眠れるジプシー」、シャガールの「私と村」……等々、よくもこれだけの作品を揃えたと感心するほどの名作揃いだ。またアンドリュー・ワイエスをはじめとするアメリカの現代絵画やダリ、マグリットなどシュールレアリズムの作品群、そして強烈な赤が特徴のマチス・コレクションも充実している。メトロポリタンとMOMA、この2大美術館は、ニューヨーク滞在中、それぞれ丸一日費やして、朝10時30分から夕方6時の閉館までゆっくり楽しみたい場所である。
平泉は奥州藤原氏三代の栄華のあと。創建時そのままの金色堂が残る。この金色堂を風雨から守るために鎌倉時代に覆堂をつくって金色堂にかぶせるようにしてあった。しかし、近年になって必ずしも保存条件がよいわけでないというので、新たにつくりなおした。現在は鉄筋コンクリートの覆堂のなかでガラスごしに黄金色の金色堂と仏像の数々をみることができるがもうひとつ荘厳な雰囲気に欠ける。東北地方を舞台にしたNHKの大河ドラマ「炎立つ」では平泉もしばしば登場したが、その撮影につかったセットをそのままテーマパークにしたのが江刺市の「藤原の郷」。その後も時代劇の撮影などに重宝されている。高級牛肉で有名な前沢や柳田国男の著作で知られるようになった民話の里、遠野も近い。三陸海岸は典型的なリアス式海岸で、奇岩の並ぶ宮古の浄土ヶ浜の景勝は殊に名高い。海岸沿いに走る鉄道は車窓の景色の素晴らしさで知られ第三セクターで運営されている。こうした海岸は漁港を作るには向いているが、津波の被害に遭いやすい。近年では、一九六〇年のチリ地震津波で一三九名の犠牲者を出した。県北の久慈はバルト海沿岸やドミニカと並ぶ世界的な琥珀の産地。琥珀は樹木の樹脂が化石化したもので、日本人にはもうひとつ人気がないが西洋ではギリシャ時代以来、珍重されておりロシア土産の代表でもある。久慈琥珀博物館にはロシア人芸術家を招いて制作させた世界最大の琥珀のモザイク画がある。岩手県は日本の近代農業発展の舞台となったところだが、バターで名高い小岩井農場は観光名所でもあり、宮沢賢治が学んだ盛岡高等農林学校の校舎や正門は重要文化財に指定され、岩手大学農学部附属教育資料館として公開されている。
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